世界音楽人 file1. 野口彰英(ワールドシップ代表)前篇〜引きこもりがワールドシップを立ち上げるまで



世界を舞台に音楽する“ワールドシップな人たち”の生き方を紹介するシリーズ「世界音楽人」
第1弾は、ワールドシップオーケストラのキャプテン、野口彰英からスタートです!
(今回の聞き手はコンマスの農澤明大が務めました。)

野口プロフィール写真野口彰英
平成元年生まれ。福岡県古賀市出身。高校中退後、大検合格を経て2012年3月に中央大学法学部を卒業。在学中にフィリピン大学政策科学部にて1年間の認定留学。留学中は現地孤児院や教育施設と協働しグループ音楽教育の浸透、指導者の養成にも取り組む。また学生時代に小澤征爾音楽塾オペラプロジェクト「蝶々夫人」にて演出家通訳を務める。大学4年時に「セブ島の子ども達にクラシックを届けるUUUプロジェクト」を立ち上げ、以降2014年9月までに主宰した現地オーケストラとの4回の演奏ツアーで、のべ150人以上の日本人奏者の参加を受け入れ、2万人以上の子ども達にコンサートを届ける。2014年9月より、より多くの国・地域へのオーケストラの派遣を実現し音楽教育の輪を世界中に拡大するため、新たに「ワールドシップ」を立ち上げる。クラリネット奏者。

ーまずは、ワールドシップを立ち上げることになった経緯から。

無気力な日々の中で出会った「音楽を使う」という発想

いきなりですが、僕は実は高校を中退しています。思春期特有(笑)の理由は色々とありますが、端的に言えば、自分と社会との前向きな関わりを見出だせていなかったんだと今はそう思っています。

無気力に毎日をやり過ごしていた時期のある朝、ぼーっとテレビを見ていたら、エル・システマ(注:南米ベネズエラで始まった、青少年を非行や犯罪から守るための無料オーケストラ教育事業。これまでに約40万人の子ども達が参加し、参加者の犯罪率の低下が世界中に注目されるだけでなく、指揮者グスターボ・ドゥダメルをはじめとした一流音楽家も数多く輩出している。)のドキュメンタリーが流れ始めました。

はっきりとした夢も目標も持てずに日々を持て余していた10代でしたが、どこか漠然と、人生で音楽に関わることができたらいいとは思っていたんですね。僕は家族の影響もあり小さな頃から音楽に囲まれて過ごしてきて、自然に音楽を好きになっていましたので。かと言って、演奏家になれる実力があるわけでもない…。

そんな当時の僕にとって、オーケストラを教育の場として使って、世界の貧困問題の解決に取り組んでいるエルシステマの存在は衝撃でした。と同時に、将来こんな活動に関われたらいいなと、久しぶりに人生の目標のようなものを掴んだ瞬間でもありました。

フィリピンでの取り組みの始まり

28949_1345149987940_5753727_n大学に進学して、まずは英語を喋れるようになりたいと思い、1年生の夏休みに1ヶ月間フィリピンに行きました。当時としては珍しい選択でしたが、限られた予算で行ける留学先ということで。

留学中、現地の教育支援NGOの活動を見学する機会を頂き、これまでテレビの奥の世界だった所謂「貧しい人の生活」を間近で見たり、教育問題などについて教えてもらって、目の前に広がるフィリピンの光景と、かつてテレビで見たベネズエラの映像とが僕の頭のなかで重なりました。きっと音楽がこの国の子ども達のために役立つはずだと。

僕たちが当たり前のように享受してきた音楽教育の機会が不足している現状に、自分に何かできることはないかと思い、まずは学生団体を立ち上げ、リコーダーやピアニカを日本国内で集めて現地に送りました。が、暫く経って寄贈先に様子を見に行くと、これが全然有効活用をされていません。

日本で育ってきた僕は、当然のように、学校の中にはピアノを弾ける先生がいるもんだと思い込んでいたのですが、実際には鍵盤すら見たことのない先生ばかりだったんです。教育のためには、楽器と指導者、そして指導カリキュラムが揃うことは必要なのだとその時ようやく気づきました。

そこで、「これはまず、僕がいかなきゃ」と思って。大学3年の時に、1年間フィリピン大学に留学して専攻の政治学をで学びつつ、放課後や週末の時間に、孤児院や公立学校で楽器を教える活動もするようになったんです。

生演奏体験を届けるというモデルへ

medellin子ども達にピアニカ合奏を教えるうちに、いつかは一人一人の役割が多分化するオーケストラを教えたいという思いも強くなっていきます。

ところが、子どもたちに「行く行くはオーケストラをしよう」「今一生懸命リコーダーやピアニカをマスターしたら、将来はオーケストラで演奏できるよ!」と声をかけても、子ども達はきょとんとするだけ。

オーケストラが何なのか、ベートーベンが誰なのか、バイオリンが何色かさえも、彼らは知らないわけです。

人生で1度もオーケストラに接するチャンスのない子ども達に、まずは生のオケを聴かせるしかないと思い、大学卒業前にUUU(※)というオーケストラを結成して、それ以降3年間で5回の演奏ツアーを主宰し、オーケストラをフィリピンに送り出してきました。セブ島では現地での音楽教室の運営も始まり、蒔いた種が少しずつ芽を出し始めていると感じています。

世界にはまだまだ音楽との出会いを待っている子どもたちがいます。より広い世界にこの活動の輪を広げていくため、この秋新たにワールドシップを立ち上げました。

今後は積極的に、はじめてのコンサートを届ける活動、そしてアジアや世界で子どもの教育のために機能するジュニアオーケストラを支援する活動を両立させることで、多くの国・地域で子ども達がオーケストラ教育を受けられる道筋づくりに取り組んでいきたいと考えています。

※UUU:野口が2011年に立ち上げたオーケストラプロジェクト。日本の楽器経験者によるオーケストラを結成し、フィリピン・セブ島の子ども達に生演奏を届けてきた。現在はセブ島で子ども達の音楽教育活動に取り組むNPO法人セブンスピリットが事業を引き継いでいる。

中篇〜世界で求められる音楽〜に続く